またの冬が始まるよ


いい夫婦って?



夕飯の下ごしらえを手掛けてから、さてと振り返った六畳間では、
ブッダが気づかぬうち、気づかぬ何かが進行していたらしく。
まったりと午後のワイドショーを眺めていたはずのイエスが、
背条を伸ばして居住まいをただし、こちらをじっと見やっていて。
もしかして こたつ布団の下では苦手な正座をしているんじゃないかというのも伺えて。
いつからかは不明だが、自分が台所仕事からそちらへ戻って来るのを待ってたのがありありしており。

 「? どうしたの?」

何か話したいことがあるの? テレビで観たばかりなことを話したいのかな?と、
思い当たりの札をかき混ぜ、どれかなどれかなと探りつつ、
手拭き用に提げられたタオルで濡れてた手を素早く拭うと、
まるで長々と“お預け”をされてたみたいに、
何も言わずとも瞳が落ち着かぬことで十分伝わる
そんなそわそわを抱えているらしいイエスがお待ちかねの居室へ戻れば。

 「あのねブッダ、何か私にしてほしいことない?」
 「はい?」

てっきり 何かしてほしい彼なのかなと戻ったブッダにしてみれば、
言い出す前に胸の内を言い当てられた、若しくは覗き見されたような感さえあり。
それもあっての“何ですて?”という訊き返しだったのだが、
イエスにしてみれば詳細をと訊かれたように思えたのだろう。
今だって、ただ座っただけでは収まらず、
キッチンから抱えて来た沸騰ポットや茶器一式で
てきぱきと煎茶を淹れているブッダの手元を見守りつつ、

 「だから、いつもキミだけ忙しいじゃない。
  それじゃあ不公平だし、私に出来ることがあったら言ってほしいなって思って。」

 「不公平って…。」

そりゃあまあ、日々の炊事や掃除が いつの間にかブッダの分担のようになっているけれど、
それはブッダ自身がやりたくて連続して手掛けているだけの話で、

 「掃除は言えば手伝ってくれてるし、
  洗濯だって外の物干しが使える日はやっぱり頑張ってくれてるし。」

料理に至っては、
趣味的なものから もはや甲斐のあるものへとクラスチェンジしてさえいるので、
代わってもらうとか分担するとか考えたこともないくらいだしと、
言葉にして言い出す前から、

 「…そう、だよね。」

イエスの側でも薄々判っていたものか、
少なからずワクワクして何か言いつけられるの待ってたような期待感が
あっという間に…見るからに ふしゅんとしぼんだ判りやすさよ。
いかつくはないお髭が縁取る細い顎が
胸元に引き込まれ、
そこへ降りてた深色の髪の中へ
突っ込まれての埋まったほどの項垂れようで。
そうともなると、ブッダの側だって堪えるというもので。
あああ 私ったら何て無慈悲なことを、
無意識のこととはいえ、
深く考えもしないで彼のそりゃあピュアな心持を引き裂いてしまったようだと猛省し、

 「いやあの、だからね? えっとぉ…。」

イエスの得意と言えば、PCの扱いとか大工仕事とか、
あ、そうそう、原稿のベタ塗りも随分と上手くなって来ていて、
こないだなんて髪のつやベタ塗りとか やって見せてくれたじゃないの。
…私の絵柄では必要ないけれど、と。
胸の内にて“何かないかないか”と抽斗をあちこち掻き回しているうちにも
お向かいの細い肩がますますと落ち込んでゆき、
それに比例して気落ちしていくのが目に見えて判るものだから。

 「…イエス、どうしたのか話してよ。」

丁寧に入れたお茶、そおおっと彼の前へとすべらせながら、
説法のそれとはまた違う、でもでも、
話を逸らさせぬようなしっとりした響きのある声で問いかければ、

 「…うん。」

かすかにうつむきかけた項垂れた姿勢のまま、それでもぼそぼそと紡ぎ始めたのが、

 さっきテレビで夫婦の日の話を取り上げててね。
 それをテーマにしたアンケートというのが紹介されていて、
 世の奥様方が夫へ“あ・いい男vv”と感じるスキルは?というのが、

 「電化製品の設置や配線、日曜大工とか子供をあやす手際、なんだって。」
 「…ふうん。」

それがどうしたの?というよな相槌がブッダから出たのは、さっきの無頓着とは質が違う。
なので、

 「何でそこでますますと切なそうなお顔になるかな、キミは。」

待って待ってと、持ち上げかけた自分の湯のみを戻すと
意味が判らないよというお声になった如来様。

 だってっ、キミってばスマホをあっという間にマスターしちゃったし
 してないよ、いまだによく判らない機能がいっぱいだし
 そういうのはすっぱり断捨離して結果困ってないじゃないか
 そりゃそうだけど…

日頃の楽天家なところはどこへやら、
欠点ばかりを数えるような言いようをされ、
筋が通っていただけに微妙に圧倒されかかったブッダだが、

 「大工仕事は、此処が賃貸だから発揮出来ないだけで、
  いざって時はさすがの腕前してるじゃないか。
  それに 私と違って、ここいらの小学生たちに収まらず、
  出先でも子供に懐かれてるキミだし。」

小さき者たちへの慈愛という点ではなくのこと、
知らないことへは興味津々という顔を隠さない
無邪気で素直なところ、肩を張らないところがすぐにも伝わるか、
一緒に遊ぼうと懐かれまくりの彼なのを重々知っている。
それを伝えたいと言い返したものの、
それでもやはり、

 「…。」

お手伝いしたいと意気込んだ子供が一気に落胆したみたいな
気の弱い大人がおろおろさせられるような空気を漂わせているイエスであり。

 “もうもう。”

相変わらず、目に見えてのものに振り回される彼なのが、
面倒なような厄介なような、でもねあのね?

 “…可愛いなぁvv”

ああ、ここで笑ったらますます傷ついちゃうかな、
でもなんか。なんてのか、こういうところが愛しくてならぬとブッダは思う。
素直で純朴で、それがために騙されやすくもあって。
それでも人に添い、人を信じるのは、
神の子だからという以前に、人々の笑顔やそれが醸す温みが愛おしくてならぬから。
自分が人ならぬ存在だと知ってから、
きっとどこかで そんな孤高なんて…と寂しがってもいたのだろうにね。
でもね、私はそういうの超越してるんだよ?判ってる?
キミへの想いは、そんな単純なものじゃない。
一見の人相手でも判りやすいよな、そんな浅いことでキミを想ってるわけじゃない。
だから、ね?

 「あのね?イエス。」
 「…。」

私がキミを頼ってないなんてどうして思うの。
小手先で器用なだけなんてことよりも、もっと大事なことっていっぱいあるでしょう?
それに、

 「見てすぐ判るよなところでしか 人を測れない私なんだって、
  キミってばいつも思ってたのかな?」
 「あ、違う。」

そこはさすがに、いくら素直すぎる彼でも理解が早かったか、
そんなことは思ってもないと、即答で否定して顔を上げたので、

 「よかったぁ。//////」

目許をたわめ、心から嬉しいと微笑ってみせる。
こちらの声さえ届かぬくらい、
深い誤解にはまっていては手の下しようがないからと、
そこへはホッとし、それからあのね?

 「ねえイエス、
  頼もしい奥様の代表に旅館や料亭の女将さんているじゃない。」

世間一般のご意見に振り回されかけた彼なのでと、
こちらからも、お返しの“例えば”を振ってみることにする釈迦牟尼様で。

 「お客様への笑顔や立ち居振る舞いだけじゃなく、
  何か起きたら矢面に立って責任も取る覚悟でいて、
  そういう度胸もあってのこと、旅館の責任者なわけでしょう?」

 「う、うん。」

一体 何の話が始まったやら、
夫婦の話とどうつながるのかが見えないイエスとしては、
それでも理解は出来るからとうんと頷首してみせれば、

 「それでね?」

判ってくれて嬉しいなぁと、ちらり小さく笑ったブッダの、
やさしくもまろやかな微笑にあてられたか、
つられて照れ笑いする素直さが、ブッダの胸をも温めて。
よし ここからだと、それでも気が急かぬよう自分を落ち着かせつつ話は進む。

 「そういう女将さんが居るなら、そのご亭主の仕事って何?
  旅館同士の組合の寄り合いも、女将さん同士でって傾向が強いそうだし、
  現場を知ってるのも経営に通じてるのも女将さんの方でしょう?」

一昔前だったら、それでも一家の権限的なものは男性が把握していないとと思われていて、
それでという大黒柱として存在感もあったらしいけど。
現場を知らない人が口出ししたって良い回り方をするはずはなくて。

 「それでね、こんな風に言ってた女将さんがいたの。
  ウチとこみたいな旅館の旦那さんというものは、床の間に飾られててくれればいいんですよって。
  惚れて好いて亭主になってくれはった旦那様、
  コマネズミみたいに一生懸命働いて帰って来た自分の、癒しになってくれればいいって。」

 「えっとぉ?」

勿論、それはちょっと盛ってる言いようだと私も思ったよ?
自分の女将という自負が強いから、
それもあってのこと、
後ろ盾だとか縋り付くような意味からは頼ってないと言いたかったのかもしれない。
でもね?

 「癒しというのは照れ隠しで、
  志の柱みたいな支えとして、実は頼ってるんだよね。」

他の誰より自分を知ってる、理解している人だからって、
そんなあなたに恥ずかしくないよう、気を張る鑑みたいにして。

 「いちいち言いはしなくとも、
  そういうのをお互いに感じているのがご夫婦の絆じゃないのかなぁ。」

ちょっとフィーリングが合ったから、一緒にいると楽しいからとかいう、
浅い恋愛的お付き合いとはいろいろ違うんじゃないのかなと
そんなありがたいお話だったらしいのを、

 「……。/////」

師から新たな啓蒙でも授かった弟子のように、
そっかぁという感じ入り丸出しのお顔になってこちらを見入るイエスなのへ。
こちらはといや、今になって照れくさくなったらしい如来様。
何だかもぞもぞとするものか、こたつ布団越しのお膝を手でこすりつつ、

 「私が“夫婦”を語るなんて、
  本末転倒というか、ちょっと立場違いかもしれないけれど。」

 「あっ、や・あの、えっとっ。////////」

ここでやっとブッダの微妙な結婚歴に想いが至ったらしい素直さもまた、
微笑ましいなと思えて止まぬ。

 “第一、キミもいつだって ここ一番では私を支えてくれてるじゃない。”

慣れない想いに振り回されちゃあ、
どうしようとどうしようと浮足立って混乱しちゃう、
平生でいられなくなっては落ち込みかかる見苦しいばかりの私なのに、
そんなところもかわいいよと、愛しているよとやさしく包んでくれるのは誰?
すっかり落ち着いたようで
いまだにちょっとしたことで悋気深い考えようをしてしまう性懲りのなさも、
もしかしたら そんな風に甘やかされてるから一向に反省できないのかもしれぬ。

 “ああいやいや、そういう考え方はいかんいかん。”

おっとっとと、それこそそこへは反省しつつ、
あやや、気まずいこと訊いてたんだと
反省しきりのイエスの含羞みっぷりをじっくり堪能してから、

 「気にしてないってば。大丈夫。」

それこそ自分の教義からやらかしてることなんだしとでもいうことか、
けろんと軽やかに笑って見せてから、

 「そろそろシフォンケーキが焼き上がるけど、
  トッピングは生クリームがいい? それともイチジクのコンポートかな?」

 「…♪」

文字通りの美味しい話を振って差し上げ、
ぱぁあっと弾ける笑顔に塗り替えさせてしまう、
自身の手腕、のようなものも実感してから。
じゃあ待っててねとひょいと立ち上がった、
相変わらずに良妻賢母の如来様だったのでありましたvv





   〜Fine〜  15.11.22.


 *夫婦の日 恒例のお話を一席。(笑)
  ついつい説法ぽいことをさせてしまいましたが そこはご容赦を。
  とはいえ、この二人を“夫婦”と把握しているところが既に、
  いろいろと問題なのかもで。
  新刊を読んでて、
  あれれ?この人たちこんな距離感あったっけと思った私は
  やっぱりおかしいのかもしれません。(う〜ん)


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